スペシャル

コンテンツ

“THE BLUE HEARTS ALL TIME SINGLES”ライナーノーツより 生きる、という意味と同義語の歌

公演記事の掲載サイト一覧

Messege Movies



“THE BLUE HEARTS ALL TIME SINGLES”ライナーノーツより 生きる、という意味と同義語の歌

鴻上尚史

 さて、どう書けばいいのか。間違いなく、このCDを手に取ったあなたには、あなたのブルーハーツがある。あなたの人生のかけがえのない瞬間に流れたブルーハーツがある。だから、僕がここで訳知り顔にライナーノートを書くわけにはいかない。
 ブルーハーツのファンなら、例えば、「ブルーハーツが聴こえない」の構成に失望し怒ったはずだ。ナレーションを務めた俳優さんにはなんの罪もない。
 けれど、ファンは、自分だけのブルーハーツがある。自分だけの思い出があって、自分だけの記憶がある。だから、誰かがそれを代弁することはできない。代弁しようとする人がいたら、許さない。
 僕には僕のブルーハーツがある。あなたにも間違いなくある。ブルーハーツは、そんなバンドだ。青春の時間と、青春が終わった時間の両方に流れ続ける歌を作ったバンドだ。それは、生きる、という意味と同義語の歌を作ったバンド、ということだ。だから、一人一人には、一人一人のブルーハーツがある。誰かがそれを他人事のように解説することも代弁することも自慢することもできない。
 と言いながら、じゃあ、なぜ僕がここで文章を書いているのか。その理由は説明した方がいいだろうと思う。
 僕は演劇の演出家で作家だ。芝居を1980年代からずっと創っている。自分で言うのもなんだが、たぶん、ブルーハーツの曲を一番、芝居に使わせてもらった人間だと思う。『夕暮れ』も『ハンマー』も『人にやさしく』も『ラブレター』も、他にもいっぱい、自分の芝居の中で流させてもらった。
 1990年、一度、ヒロトが『天使は瞳を閉じて』という僕の芝居を見に来てくれた。ブルーハーツの曲をよく使っている、という噂が届いたのだ。残念ながら、僕は直接、話せなかった。本当のファンは、とてもじゃないが、直接なんか話せないのだ。あとから「自分の声が突然、聞こえるのは恥ずかしい」と言っていたと関係者から教えられた。
 そのあと、僕は2004年に『リンダ リンダ』という全編、ブルーハーツの曲で構成した音楽劇を創った。全部で二十曲ほどのブルーハーツの曲をつないだ、リードボーカルを引っこ抜かれたロックバンドの物語だ。
 客席は、面白かった。演劇やミュージカルが好きなお客さんと、そして演劇なんか生まれて一度も見たこともないけどブルーハーツが大好きだという昔のワルガキが並んで座っていた。そして、一緒に、プロの俳優が歌うブルーハーツの音楽を楽しんでいた。
 もちろん、一番楽しんだのは僕だ。
 こっそり、僕はブルーハーツのメンバー全員が見に来てくれることを祈った。けれど、来てくれたのは河ちゃんだけだった。でも、ファンは、ブルーハーツの音楽を使って作品を創ることができただけで、それだけでとびきり嬉しかった。
 嫉妬する話はたくさん聞く。知り合いの俳優さんの家に、夜、酔っぱらったヒロトが遊びにきただの、中村獅童さんが演じる『丹下左膳』のお芝居のラストで突然、ヒロトが現れて『僕の右手』を歌っただの(たしか2004年の話だ。演舞場というおばちゃんがメインの客層の劇場でなんということを、と僕は話を聞いた時、叫んだ。おばちゃんは、たぶん、ヒロトのこともブルーハーツのことも知らないのだ。ああ、もったいない)ひとつひとつの話に、ファンとしては嫉妬し、身悶える。
 けれど、そんな感情は、CDをかければ、どこかへ飛んでいく。そして、僕の心をざわざわと揺さぶる。自分は今でも「どぶねずみみたいに美しくなりたい」と思っているのか。「はっきりさせなくてもいい。あやふやなまんまでいい。」と思っているのか。「俺は俺の死を死にたい」と思っているのか。「終わらない歌を歌おう」と思っているのか。
 ブルーハーツの言葉のひとつひとつが今でも突き刺さる。生きるという歌を聞き、そんな歌に惹かれた自分は、あの頃、ブルーハーツの歌に熱狂していた頃に大切にしていたものを失してはいないのか。諦めてはいないのか。忘れてはいないのか。
 僕はこんなにも突き刺さる歌詞を知らない。こんなにも優しいメロディーを知らない。こんなにも揺さぶられる歌を知らない。こんなにもまっすぐな衝動を知らない。


 僕はNHKで『cool japan』という番組の司会をしている。日本に来た外国人が日本のかっこいいこととおかしなことを話し合う番組だ。
 一人、エミリーというアメリカ人女性の出演者がいた。腕にタトゥーをいれて、ロックっぽいファッションをする二十代の女性だ。
 ある時、番組で「どうして日本に来たのか?」という話になった。
 エミリーは言った。
「アメリカでブルーハーツのCDを聞いて、日本に来ようと思ったの」
「それだけで来たの!?」
 僕は驚いて聞き返した。エミリーは言った。
「他にどんな理由が必要なの。ブルーハーツのCDがすべてよ」
 僕は番組中に思わず立ち上がり、彼女に握手を求めた。幸せな瞬間だった。
 エミリーにはエミリーの、僕には僕の、あなたにはあなたのブルーハーツがある。
 かけがえのない瞬間に流れたブルーハーツがある。このCDを聞きながら、僕は僕のブルーハーツをまた確認しようと思う。どこかであなたと出会ったら、お互いのかけがえのないブルーハーツの話をしようか。
 それはきっと幸福な瞬間に違いない。


(「THE BLUE HEARTS ALL TIME SINGLES SUPER PREMIUM BEST」/ライナーノーツより)

リンダ リンダトップ
イントロダクション
キャスト&スタッフ
スケジュール
スペシャル
 
サードステージHPへ戻る                        Copyright (C) Thirdstage inc. All Rights Reserved.