
(サードステージ 中島隆裕・2000.1.13.updated)
1月28日より「ララバイ
または 百年の子守唄〜ハッシャ・バイより〜」が開幕します。今回は、サードステージの公演に慣れてらっしゃるお客様ばかりではなく、出演者の石田さん、佐藤両氏からアクセスされるお客様も多いと思います。
そこで、「ララバイ または 百年の子守唄を、2倍 または 3倍楽しむ方法」と題しまして、前半は若干の作品解説を、後半は、サードステージのヘビーユーザーの方々にも、笑っていただける、おちゃらけなどを交えながら、お送りしたいと思います。
本公演は、副題にあります「ハッシャ・バイ」という戯曲をベースに、新たに仕立てた作品です。「ハッシャ・バイ」は、第三舞台が'86年と'91年に上演しました。作者である鴻上自身の解説によれば、
「北海道の礼文島が大好きで、(「ハッシャ・バイ」を書き始める前に、)そこのユースホステルに8年ぶりに行ったんですよ。目の前に遠浅の海が続き、晴れた日に樺太が見え、夏には真正面
に夕日が沈み、夜は満点の星で流れ星がパーッと飛ぶ。
ものの本で、”流れ星は十分間に一回は流れてる”、というのを読んだことがあって、十分間に一回は、願いごとが許されるんだな、と思ったわけです。(中略)舞台は、骨董品店に、自分の夢の風景が写
った写真が飾られていた、というところから始まります」
これが、「ハッシャ・バイ」の出発点、ということで、戯曲(白水社刊)の帯には、次のような惹句が掲げられています。
「穏やかな銀河の時代にも、
流れ星は十分に一度、星空を駆け抜けるという。
つまり世界は、
十分に一度は、願うことが許されているのだ」
「ハッシャ・バイ」は、
'86年の、12月4日〜12月22日 池袋・サンシャイン劇場
'91年の、8月2日〜8月25日 新宿・紀伊國屋ホール
9月4日〜9月13日大阪・近鉄小劇場
で、上演しています。'91年の公演では、クローズドサーキットで、
東京・スパイラルホール
大阪・パルコ クワトロ
名古屋・クワトロ
福岡・スカラエスパシオ
の4会場でも、同時中継をしました。

これらの公演が、どんな内容だったかと言うと。
朝日新聞の天野さんという方が、評論の中で、「ハッシャ・バイ」のストーリーラインについて、「一般
の演劇のように、日常的な時間の経過とともに筋が運ばれるのではない」と前置きをして、次のような解説をされています。
素晴らしい解説です。
「日常的な時間の経過に代わって全体を1つの有機体にまとめるものは、北極星を取りまく星々の配置に似て、一見無関係のように思われる各星座の間をつなぐ見えない必然の糸である。観客は、この糸を手がかりにそれぞれの場面
の意味を星座表のように読みとり、ただ1つの北極星にまでたどりつく。
北極星というのは、劇の主題あるいは、メッセージである。これも彼(=鴻上)の場合、従来から一貫していて、フランス象徴派の詩人ボードレールと同じように、”この世の外のいずくか”への脱出の夢である。
なぜ脱出かといえば、登場人物の言葉を借りれば、この世の中が、”学校や家庭という、本来人間の自立のためのシステムさえ、抑圧のシステムと化しているからにほかならない。
したがって彼のドラマは、つねにこの狂気に陥っているシステムとそれに抗議する人間の姿を、さまざまな意表をつく、人を魅了してやまないイメージで展開する。
しかし抑圧はまさに個々のケースではなくシステムの問題であるから脱出は、実に絶望的である。(中略)そういう時代に生きる人々が、自分の身を守ろうとすれば、母を、教師を、生徒を、殺すしかない。
これらの殺人は、現実に行われるのではなく、いわば登場人物たちの心の疵である。
このとき、舞台上の人物たちは同時に、観客の心のなかの存在でもある。ハードボイルド(のパロディ)のような、探偵が、このような荒涼とした心象風景の迷路に乗り込んで行く」
●一部を引用させていただきました。最後までお読みいただけましたでしょうか・・・。
そうですか、ありがとうございます。
それではここで、少し脱線をします。
'86年の「ハッシャ・バイ」の中に出てくる、「男3=元教師」という役を演じていたのは、名越寿昭氏 でした。名越さんという人は、お客様からの公演アンケートで、よくネタにされていた、ツッコミ甲斐 のある俳優でした。(これは俳優さんにとって、非常に大事なことです。)
傑作も多く、その中でも、白眉なのが、「名越、はっきりしゃべれ」というやつでした。このアンケートについては、鴻上がエッセイなどでも、書いているので、ご存じの方も多いと思いますが、(今回の出演者でもある)筧利夫が、楽屋に張り出したところ、大ウケ。そのあとの公演で、「はっきりしゃべろう」という標語を拡大したパネルが、名越氏の背後に、舞台装置として登場したのでした。
これは、アンケートを書いた方への、レスポンスでもあるのですが(書かれた方は、都内のデパートに勤めている男性でした)、その公演のアンケートでは、同じ人物から「名越、努力はわかる」という返歌をいただいたのでした。。
名越さんの方は、このあとホンモノの先生となり、今のところ、この「ハッシャ・バイ」が、彼の最後の出演作となっています。
話は戻りまして、「ララバイ または 百年の子守唄」は、鴻上と筧が「何かやろう」と、言い出したのがの企画の発端です。「ハッシャ・バイ」をベースにした作品を、ということになり、「筧は前回に何の役で出演していたのだっけ」、と配役表を調べてみると、
男1/金田一探偵=大高洋夫('91年は池田成志との日替わりWキャスト)
女1=山下裕子('91年は筒井真理子との日替わりWキャスト)
男2/森山幸夫=小須田康人('91年は勝村政信との日替わりWキャスト)
女2=長野里美
男3/元教師=名越寿昭('91年は勝村政信と小須田康人の日替わりWキャスト)
女3=筒井真理子('91年は山下裕子との日替わりWキャスト)
男4/成田五月=筧利夫('91年は池田成志と大高洋夫の日替わりWキャスト)
そのほか、京晋佑、伊藤正宏などの出演。 |
ということで、'91年の公演には出演しておらず、その前の「ハッシャ・バイ」では、「成田五月」役で出演していた。
公演をしていた'91年の夏、筧利夫が何をやっていたのか、サードステージの「資料館」と名付けられた、ただの押し入れを訪ねると(開けると)、映画「はいすくーる仁義」に関するプログラムや台本などを発見。筧利夫は、この時、彼の初主演作に出演していたのでした。そして、この中に、この時期の雑誌に掲載された「筧利夫」についての人物評なども、発見。これが非常におかしいので、ちょっと長くなりますが、全文掲載します。
「人物の旅路・
筧利夫の巻」
それは、寒い冬の夜だった。当時、東西線の西船橋から2つ手前の行徳という駅前に住んでいた私は、小さな喫茶店である男と待ち合わせをしていた。電話で男は、7時には着くからと言っていたはずなのだが、時計はすでに7時半を回っていた。
深々と降り続ける窓の外の雪を見ながら、やはりあんな男を信じた俺がバカだったと、あきらめ席を立とうとした8時2分前、その男は、「おお、待たせたのう」と、現れた。
「なんじゃその格好は!」という私の言葉に耳も貸さず、男はバックから小さな櫛を取り出し、丹念にパンチパーマの頭をなでつけた。「おまえ、そんな格好が東京で通
用すると思っているのか!」という私に、男は、「強そうじゃろうが。」と、今度はヒールの高いエナメルの靴を、おしぼりで拭き始めた
「強いとか弱いとか、そいうことを言ってんじゃないんだよ!最近そういう格好の人は、こんな行徳くんだりの村祭りでも、滅多に見かけないよ。そんな格好でどこに連れて行けと言うんだ。」
「ディスコに決まっとろうが。東京で女ナンパするっちゅうたら、ディスコに決まっとろうが。おまえがデパートの女を紹介するっちゅうから、ワシがわざわざこんな行徳みたいな小汚い駅に来てやったのに。デパートの女誘うて、早よディスコに行こうぜ。」
そうだった。東京に出てきてばっかりの、このヤンキーの兄ちゃんに、俺が働いているデパートの食品売場の美恵子を紹介するのが、今日の予定だった。しかしこの男、一年ぶりに見たが、その目を覆いたくなるほどの、ファッションセンスはまったく変わらず、唯一変わったと言えば、履いているのがお祭り用の女物の雪駄
から、エナメルのハイヒールに変わったくらいのことだ。
船橋のカラオケパブ「マンダラ」で、その男は「夢芝居」を気が狂うほど繰り返し歌っていた。俺の隣に座っていた美恵子が、「あの人、変な格好してるけど、ステキね」と、ポツリと言った。
「オイ、ちょっと待て。あんなパンチパーマのどこがステキなんだ!」
「感じるのよ、ワタシ。」
「何に感じるの!」
「ズキンと来るの。なんかこう男の野性味っていうのかしら。」
「あんな薄い、透けるようなカーディガン着ているような男がか。」
すると、一緒に来ていた、美恵子の友達、家庭用品売場のドラちゃんまでが、
「ワタシ、ああいう人になら、朝ごはん作ってあげたいって気持ちになるのよね。」
そこへ、歌い終わったその男が帰ってきて、「いやあ、どうですか、デパートは。売れてますか。」と、うわぺの会話をしながら、ドラちゃんの肩を抱き寄せた。すると、ドラちゃんは、まんざらでもない顔で、男にしなだれかかっている。
「オイ、いいかげんにしろよ。おまえは、大阪に残してきた女が3人いるじゃないか。真由美も寛子も電話で泣いてたぞ。」
「うるせー、バカヤロウ!オレは、12時過ぎて隣にいる女は、みんな家族と思うことにしてるんだ。オレんちは田舎でな、ひいばあちゃんを筆頭に、4世代45人が一つの敷地の中で自給自足の生活をしてるんだ。オレは、その一番末っ子でな、ワガママ放題育ったんだから仕方ないだろ。」そうだ、この男は、ワガママなのだ。
理由がないのにあるような顔をして、平然と生きている。
「オイ、ちょっとここ触ってみて」そう言いながら男は、胸の筋肉の括約筋をピクピクと震わせる。ドラちゃんは、嫁入り前の娘のくせに、それに触って「キャー、動いたぁ」
と騒いでいる。
そういえばこいつが、夜な夜なプロテインを牛乳にカチャカチャカチャカチャと溶いてガブ飲みしていたのを何度も見たことがあるが、まさかこんな場末の飲み屋でウケるために、カチャカチャ筋肉をつけていたとは・・・・。
「やはり役者は筋肉ですわ。ボクは稼いだお金は、全部自分に投資しているんです。」
何が投資だ。プロテイン買って飲んでいるだけじゃないか。
「あなたの目を見ていると、吸い込まれそうなの。あなたの腕に抱かれていると、遠くに行けそうな気がするの。」
「どこへでも行け!」と俺が怒鳴りつけると、ドラちゃんはその夜、男とともに船橋のホテル「サボイ」へ消えた。
次の日、その男から、また明るい声で電話が来た。
「いやあ、朝ごはん作ってもらっちゃいましたよ。またお願いしますわ。」
俺は、女衒じゃねえんだよ!
あれから10年・・・。何度、同じことを繰り返したのだろうか。今にして思えば、あのパンチパーマも愛嬌があって良かったな。その男は、今もプロテインを飲んでいるのだろうか。
10年ちかく前に、今はなき「レスペック」という演劇雑誌に、掲載されたものですが、「そのまた10年ちかく前の筧利夫について」書かれたものでした。
今もあまり変わらぬ、という声もありますが、「普遍的な魅力」とは、こういうことを言うのではないでしょうか。この記事を書いたのは、演劇プロデューサーの「岡村俊一」氏です。氏は、制作会社「RUP」に所属し、今回のサードステージとの共同プロデュース「ララバイ または 百年の子守唄」においても、プロデューサーとして、深く関わっております。

てなことで、もう読めてしまったと思いますが、「名越、はっきりしゃべれ」のアンケートを書いていたのが、当時デパートに勤務していた頃の、岡村氏というわけなのでした。最後まで、読んでいただいた方には、オチがこれかよ、と怒られそうですが。
公演でお書きいただいたアンケートは、いろいろな意味で貴重です。
なかには、縁をもって、めぐりめぐるアンケートも、たくさんあります。鴻上もエッ
セイの中で「仕事で名刺を受け取ったとき、放流したサケが帰ってくるように、懐かしい名前を発見
する」というようなことを書いてます。
「各星座の間をつなぐ見えない必然の糸」・・・てなわけで。
おあとがよろしいようで。


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